「死んだあとのことなんて、考えたこともない、今さえ楽しければいい」
私が、仏法に出遇うまで、こう思っていました。
よく姉が、「死を考えると恐ろしくて、夜も眠れなくなる」
と、電気を消すことさえ怖がるので、
「死ぬことを考えていては生きていけなくなるよ。
それまで楽しく過ごせばいいじゃない」
と、慰めておりました。
ところが浄土真宗親鸞会で、初めて仏法を聞いて、
死を考えずしては、命を大切にすることは
できないし、生死の問題を考えることなしに、本当の
安心も満足もないのだということが、初めて分かりました。
寝ボケていたのは私だったと、目が覚めてようやく分かりました。
私は「寝言」を言っておりました。